ライフスタイル

過去は振り返ってこなかった。振り返りたくなかった。

 

少し過去を振り返ってみようと思った。

なんの変哲も無い、ただ人生に焦りを感じ始めてるアラサー女子。

 

3人兄妹の末っ子として育ち、兄や姉を見て育った私は、小さい頃から人の気持ちを読むのは得意なほうだった。

そのせいか、あまり人の感情を見たくないと思ってしまい、周りと深く関わることを避けてきた。

 

そして理由はわからないが、人の何倍もネガティブに育った。親もどちらかというとネガティブなので、その影響もあるかもしれない。

傷つくのが嫌で、プライドの高さから「負ける勝負はしたくない」と気持ちが大きくなりすぎて、
努力をする前から人と関わることを遠ざけるようになっていった。

 

あえてはみ出した幼少期

そもそも幼少期から友達みんなとわいわい遊ぶよりも、自ら周りの輪から一歩離れて観察して楽しんでは、先生に心配されるようなタイプだった。

それでも幼少期はまだ楽しかった。

幼稚園児なんて無邪気なもので、誰か一人が輪の中から自ら離れていても大人が心配するほど本人も周りも気にしてないものだ。

実際、私はそうやって楽しんでいた。

 

気楽に生きるはずだった小中時代

私の通っていた小学校は小規模で1年から6年までずっと、2クラスしかなくて全員が友達だった。

そのまま中学に上がり、いきなり一学年9クラスもあるマンモス校へ。

中学校に上がってからも、はじめはよかった。

でもだんだんと思春期に入り、男の子と話すことができなくなってきた。

別に男性恐怖症とかそんな大げさじゃなくて、ただ思春期特有の”照れ臭い”に毛が生えたようなもの。

そして中学に上がると、あのお年頃のお約束、「いじめ」が始まる。

私の学校、、というか私の学年では、そんなにひどいいじめはなくて、せいぜい「仲間はずれ」程度。(これも立派ないじめか。)

そして幸いにも私が標的になったことはなく、常に誰かが仲良くしてくれていた。

ただ、周りの”仲間はずれにされた子”を見て「自分もいつかこんなことになったらどうしよう・・・」とゆう恐怖感からか、いつの間にか周りに合わせて生きるようになってきた。

 

その頃から私は、「可もなく、不可もなく」な存在になっていった。

だんだんと、周りと深く関わることを諦め始めて、でもやっぱり人との繋がりは「狭く深くがいい!」なんて思いながら葛藤を続けた。

 

 

 

暗黒時代の高校生活

そのまま高校生に上がり、ネガティブはさらに進化し、人の目を気にしてばかりの生活になった。

自分のせいであることは百も承知だが、私の高校生活は暗黒時代である。あまり思い出したくはない。

今だから言えるが、ストーカーまがいのことをしたことだってある。(別に好きな子の家に押しかけたり、帰り道を尾行したりとか、そこまで重症ではない。)

 

高校時代はとにかく疑心暗鬼になり、周りで笑い声が聞こえると「私のことを笑ってるのかな・・・」なんて怖くなったり、ハキハキ喋るようないわゆるクラスのイケてる組が近くにいるとなぜか怯えたり。

友達になってくれる子はいて、その子たちのことは大好きだったけど、やっぱり高校時代にいい思い出や楽しかった記憶はは全くない。

たぶんその頃から、自分が自分でないような、常に自分を客観視して生きてるような感覚があった。

「自分を客観的に見れるなんて、すごい!」なんて言ってもらったこともあるけど、そんな素晴らしいものじゃない。

誰かに操られてる自分を、他所から見ているだけだった。

 

誰かに操られてるから、自分のことなのに思ったように楽しめない。

操ってる人が他にいるはずなのに、何か失敗を犯すとそれはやっぱり「自分のせい」。

 

そして同時に、人との関わり方が徐々にわからなくなってしまった。

 

 

 

青春を途中まで謳歌した大学

そして大学に上がってからは、高校の暗黒時代が嘘のように、楽しかった。あれだけ怖がっていた”男の子と話す”ことだってできた。

とにかく楽しかったけど、やっぱりまだ”操られてる感”が残っていた。そして根っこの部分は変わらず、疑心暗鬼のまま。

最初のうちは、楽しく会話することができて、もちろん相手のことも大好きでいられる。

でも一緒にいる時間がながくなるにつれ、だんだんこう思い始めてしまう。

「仲良くしてくれてる相手が「私の本性」を見つけ始めて、だんだん私のことを嫌いになっていくんじゃないだろうか。」

「私が仲良くしてると感じてるだけで、本当は迷惑なんじゃないだろうか。」

そう思い込んで、自ら連絡を絶ったり、そっけなくしてしまう。

人間不信ではない。ただ自分に自信がないだけで、自ら友達を全てなくしてしまったのだ。

 

そして大学も3年が終わる頃、単位がギリギリだったこともあって、何もかもから逃げるように大学を中退した。

(このことに関して親には謝っても謝りきれないほどの反省と、感謝しても感謝しきれないほどの恩がある。まだ返せていない。)

 

 

 

好奇心旺盛な飽き性

そのまま、何をするにも中途半端に過ごし、好奇心旺盛な飽き性な私はやりたいことを色々試しては、そこそこできるようになって「なんか違った」と手放すような日々を送ってきた。

それは趣味や特技に限らず、仕事に関してもそうだった。

そして30歳を手前に、自分の人生が一体なんだったのかわからなくなり、見つめ直すためにブログを書き始めた。

ブログに関して言えば、中高で一時期mixiや個人ブログが流行った時に一瞬だけ手をつけたが、ここでもやっぱり飽き性が出てしまいすぐに終わった。

そして最近も、一度ブログを始めたが方向性が見えなくなってすぐに消した。

というかGoogleアドセンスの審査に通過したくて、ただただ書き続けただけだった気がした。とにかく方向性が迷子になったため断念。

 

このブログだって、いつまで続くかわからない。

もしかすると明日には消えてるかもしれない。

 

でも、本当にやりたいことを見つけるには、自分自身を見つめ直すことが不可欠だった。

そしてそんな自分を、今度はいい意味で”客観視”して、ありのままを受け入れることができるように、その記録をつけていこうと思う。

やりたいことは、今でもまだまだたくさん残っている。

人に影響を与える人になる。親に恩返しをする。世界一周の旅に出る・・・挙げ始めたらきりがないほどに。

ただ、頭も心が整理されてない状態で手をつけても時間を浪費してしまうことになる。

 

自分のことがわかってないのに他人を理解しようとするのは順番を間違ってる。

自分の過去さえ受け入れられなくて、どうやって他人を受け入れられるのか。

 

 

SNSのいいねをもらう前に、いろんなイベントに出向いて友達を作ろうとする前に、

まず「自分」を知って受け入れてあげないと、いつまで経っても変われないままな気がした。

 

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